「地震が来た時、
このお家は本当に大丈夫なのかな」
そう思ったことはありませんか?
こんにちは!
青森県八戸市を中心に
1年中、温度・湿度・空気を自動で
快適に整える
──家族の健康を守るお家──
「安心」と「快適」がずっと続く
家づくりに取り組んでいる
ワコウホーム2代目社長の
深畑 浩之です!
建てた後の暮らしまでしっかり
考えて、
“ずっと安心できるお家”をつくる
ことを大切にしています。

◆ 今日のテーマ
「東日本大震災から15年」
このブログは
「地震が来た時、
このお家は大丈夫だろうか…」
「家族を守れるお家にしたい」
そんなふうに感じている
あなたに向けて書いています。
いつもご覧いただきありがとう
ございます。
今日で毎日ブログ【第1807号】
になります。
東日本大震災から
15年が経ちましたね。

当時、
私は33歳でした。
その日は
新井田のY様のお家で
リフォームの打ち合わせを
していました。
「ここの壁を取れますか?」
というご相談だったのですが、
そこは耐力壁という
地震の揺れに耐えるための
とても大切な壁だったのです。
なので私は
「ここを取ってしまうと
地震に弱くなってしまうので
やめた方がいいと思います。」
とお伝えしました。
その直後でした。
大きくて長い揺れが
突然襲ってきたんです。
その揺れがおさまったあと
お客様と顔を見合わせて
「やっぱり
壁は取らない方がいいですね。」
そんな会話になったことを
今でもはっきり覚えています。
それまで
経験したことがないくらい
あまりにも大きく
長い揺れでしたので
私はお客様に
「今日は一度
事務所に戻りますね。」
とお伝えして
事務所へ向かいました。
新井田から
湊高台の事務所へ向かう途中も
すでに渋滞が始まっていて
10分もかからない距離のはずが
戻るのに数倍の時間が
かかりました。
事務所に戻ると
机の上の物はすべて落ちていて
停電していましたね。

常務とスタッフの工藤がいて
常務が
「今日は仕事にならないから
帰りましょう。」
となり
そのまま家に帰りました。
信号も消えていたので
道路はさらに大渋滞。
途中コンビニに寄ると
店員さんが暗闇の中で
電卓を叩きながら
会計をしていました。
家に帰ると
もちろん電気は使えません。
電気炊飯器が使えないので
妻が釜でご飯を炊いていましたね。

祖母が昔やっていたのを
見て覚えていたようです。
電気が復旧するまでの数日間、
ろうそくの灯りで過ごした夜は
今でも忘れません。
毎年この日になると
あの時のことを思い出します。
なぜ毎年振り返るのか。
それは
忘れないためでもありますが、
もう一つ理由があります。
それは
家づくりは
命を預かる仕事だからです。
地震が来た時
家族が安心して
そのお家にいられるか。
それを守るのが
住宅会社の仕事だと
私は思っています。
東日本大震災の後も
日本では大きな地震が
何度も起きています。
だからこそ
家づくりでは
耐震等級3
(国が定めた耐震性能の中で一番高い基準)

この基準を
しっかり覚えていただくことを
私はおすすめしています。
家は
家族の暮らしを守る場所。
そして
もしもの時には
命を守る場所でもあります。
15年経った今も
そのことを忘れないように
この日を迎えるたびに
思い返しています。
今日は
そんなことを考えた一日でした。
「ちょっと聞いてみたいだけ
なんだけど…」
そんな時は、
メールでもLINEでも大丈夫です。
私に気軽に聞いてください。
私が必ずお返事します。
少しお時間をいただくこともあり
ますが、
どんな内容でもしっかり読ませて
いただきます。
文章が苦手でも大丈夫です。
ブログの感想なども大歓迎です!
本日も最後まで読んでいただき
本当にありがとうございます!
また書きますね!













